怪談師のとある一日

かなでです。
怪談師ってどんなことして過ごしてるの?と聞かれることが増えて来たので、
大体こんなことをして一日を過ごしています、という日記風に書いてみました。
暇つぶし程度にご覧になってくださいまし。

深夜0時

youtubeへの動画投稿を終え、おもむろに怪談の稽古をはじめる。

深夜1時

幻覚がみえはじめる。(※怪談をしていると妄想めいた何かが見える気がする)
まぶたを閉じると赤い鳥居が並んでいたり
ふっとすると軍隊の行進する足が見えたような気がしたりする。

深夜2時

怪談の練習を切り上げる。
窓の外でUFOのような音がして本当につらくなる。(キュンキュン……と言った感じの音)

深夜4時

シシド(猫)の遺骨を抱いたり、寝る場所を変えたりしながら
ようやく眠りにつく。UFOのような音は続いていた。

11時

這いずるようにしてどうにか起床。(朝がよわい)
ほぼすっぴん眼鏡で電車に乗り稽古に向かう。
余談ですが、小屋入り時のかなでは大体すっぴん眼鏡マスクです。
本番までにコンタクト、化粧、着替えを済ませ、直前にブワッと気合を入れて本番に臨んでいます。

12時半

稽古場最寄り駅に到着。コンビニで昼食を買う。(たらこおにぎりとたまごサンドと生茶、リカルデントガムの紫)
最近取材をしてくれている映画大学の学生さんと合流して、稽古場まで歩く。

13時

稽古場到着。
社長の取材が押していて待機する。

15時

ようやく稽古開始。(学生さんには外で待機してもらって本当に申し訳なかった)
バシバシ写真を撮られながら稽古する。
なんと社長はこの後テレビ収録があり、18時過ぎに自宅にタクシーが迎えに来るそうだ。
夏の社長の忙しさを改めて感じる。

17時半頃

稽古を切り上げて食事に向かう。

18時過ぎ頃

18時40分には自宅に迎えが来るという社長をタクシー乗り場でお見送りする。
その後駅前の喫茶店へ向かい、学生さんたちの取材を受ける。
喫茶店のカウンターにいらした方が「怪談グランプリ……!?」とちらちら視線を向けてくださった。
アイメイクとかしていないことをちょっと後悔した。

20時頃

帰宅したら水道が止まっていた。(※電気・ガスはついている……)
我ながらなさけない。
かなしみにくれながらも良い機会なので温泉に行くことにした。
湯につかりながら怒涛の6月を振り返り、心に整理をつけた。
水道代は明日払おうとこころに誓った。(※翌日昼に払ってきました)

22時頃

お風呂からあがったら社長から電話が入っていた。
今日の収録について色々と伺いながら、日頃の感謝をつたえた。
社長はいつか倒れるんじゃないかと心配しているが、その忙しさの5分の1でも仕事ができるようにならねばと強く思った。

24時過ぎ

帰宅して、お仕事のメールに数件連絡を返して、
あたらしい仕事が決まり、寝た。
夏はたくさん仕事をしたい。怪談師である以上それが務めだと思う。

大体こんな感じです。

怪談と向き合えるようになるまでのお話

かなでです。
今日は怪談と向き合えるようになるまでの話をしようと思います。

怪談師になると決めた25歳

25歳で怪談と出会い、怪談師を名乗ることになりました。
怪談を初めるときは、とても怖かったです。
朗読や舞台をやったことはあるけれど、怪談を人に話して聞かせるという経験はしたことがない。
そして浅草女子怪談のレギュラーが決まり、毎月新しいネタを下ろさなくてはならない。
気が狂いそうでした。覚えるのが辛かったとか、そういうわけではないのです。

「私の目に見えない世界に、たしかに存在しているもの」に、どのように関わればよいのか。
自分の中で答えが出るまでは、とにかく恐ろしく、常に怯えていました。
たとえば、八丁堀のシェアハウスに住んでいたときは、廊下の突きあたりにあるシャワールームが怖かったです。
頭上にある換気扇から女の頭がぶら下がってこちらを見ているのではないかと何度も疑いました。
あるいはトイレにも、換気扇や、便器の中、ドアの外から、何者かが覗いているんじゃないかと思っていました。

「見えない」からこそ「恐ろしい」

元から怖がりなのですから、当たり前です。出来るだけ見ないようにしていた「あちらの世界」のことを、
ほとんど四六時中考えることになりました。
そして、「目に見えないから恐ろしい」のだと、改めて思いなおしました。

そうなんです。霊感のある人は、「当たり前に見えている」から、怖くないとおっしゃる方が多いのです。

私は「見えない」からこそ、関わり方に失礼があってはいけないと、
自分の中で答えが出るまでは怪談を話すことが、とにかく恐ろしかったのでした。

お祓いが心の支え

そこで縋ったのが、「お祓い」でした。

「お祓い」について調べ、「ご祈祷」と「お祓い」の違いから、お布施の金額から、何から何まで調べました。
困ったときの神頼みとよく言いますが、私は神様に向き合うことで、自分を見つめなおしていたのだと思います。
「この怪談は、このように語ってよいのか。そちらの世界の方々に、失礼ではないのか」などと、
ずっと考えて、心霊のロケに行くときも「けして冷やかすつもりではありません」と、事前に神社にお参りをしていました。

最近引越しをして、どうしても初めにお祓いを受けた神社へは足が向きにくくなってしまいました。
そして、昨年の冬が絶不調。やはり何か関係があるのかもしれません。
(単に年齢からくるものかもしれませんが、まだ20代だから大丈夫だと信じたい!)

仕事の帰りに出来るだけ足を伸ばして、「いつもありがとうございます」と手を合わせるようにしています。
その度、私は私の怪談に対する姿勢を見つめなおし、より良い芸を磨いていけるようにと思いなおします。
目標を立てなおしたり、うまくいかないことを見つめなおしたり、常に守っていただいていることに感謝したりしているから、
私は手を合わせている時間がとても長いのです。